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赤毛のアン・夢紀行

赤毛のアンは子供の頃に読み、好きで大人になってからも読みました。

この本も夢いっぱいの写真集かと思って借りて読んだのですが、それ以上に余韻の残る本でした。

物語の一場面の文章とそれをイメージする写真で構成されていて、その間に赤毛のアンに思いを寄せる人や関係者たちのエッセイ等が綴られています。


赤毛のアンが日本に紹介されることになったのは・・・

翻訳された村岡花子さんという方とカナダの友人との友情からだったそうです。

お孫さんの村岡美枝さんが語られるには、村岡花子さんは学生時代にカナダの宣教師が創設した東京麻布のある女学院で過ごし授業は英語で行われ、文学少女だった花子さんは詩をいつも暗唱していたそうです。

そんな村岡花子さんがアンに初めて出会ったのは戦争色が近くなった昭和14年、46歳の時でした。

カナダの友人が帰国する時に友情の証として赤毛のアン(原題はAnne of Green Gables)を置いていったそうです。


そして村岡花子さんは翻訳をはじめ、戦争で空襲警報が鳴った時でさえ、翻訳途中の原稿を風呂敷にいれて防空壕に入ったほど大切にされていたそうです。

戦争が終わる頃には翻訳は完成していたものの書斎の戸棚にずっと大切にしまい、昭和27年に初めて出版されたそうです。


もしカナダの友人が友情のあかしとして本を置いていかなければ・・・また、別な本を置いていったら・・・

また、村岡花子さんが翻訳しなければ、赤毛のアンは今のようには日本で脚光を浴びることはなかったんでしょうね。別な人が翻訳していたら、今のようにアンも生き生きと描かれていなかったかもしれませんね。



それとNHK取材班の助川きよみさんの書かれたお話から赤毛のアン(原題はAnne of Green Gables(緑の切妻屋根の家のアン)」を書いた著者ルーシー・モード・モンゴメリについて少し知りました。

アンを書いた著者なら、アンのような性格の人なのかと思っていたのですが・・・

幼い頃に母親を亡くし、父とも離れ、厳しい祖母に育てられ傷づけられることが多く孤独だったそうです。

9歳から50年間、日記を書き続けていたそうで、語りきれないたくさんのことが書かれているのかもしれませんね。

6歳の写真も釘付けになるほど寂しそうな表情をしていたそうです。

彼女の16歳と20歳の写真が掲載されているのですが、私には意思や感情が入っていない人形のように見えました。

助川さんのお話を読むにつれて、著者が幸せではなかったらしいと知り、涙がこみあげてきました。

きっと、赤毛のアンは著者のもう1つの人格だったのでしょう。

愛情いっぱいの両親に育てられていたら・・・厳格な祖母に育てられなければ・・・


アンのように彼女も想像力が豊かだったのはアンと同じです。

自分とアンを重ね、アンのようになりたかったのかもしれませんね。


物語を書いている時、夢が膨らんで楽しかったでしょうし、本になった時もどんなにか嬉しかったに違いありません。

この「赤毛のアン・夢紀行・・・魅惑のプリンス・エドワード島」で、ちょっと違う方面からアンの世界を知ることができて良かったと思います。


プリンスエドワード島の牧歌的な風景、素敵です。

36ページの「アンの時代・カナダの食生活」の写真やお話で、ターシャ・テューダーの暮らしとどこか似ているなあと思いました。

日本からプリンスエドワード島とターシャの庭の両方に行くツアーもあるのも納得しました。

ターシャが好きな人は、きっと赤毛のアンも好きな人が多いですね♪


赤毛のアン・夢紀行著者 NHK取材班 日本放送出版協会発行(1800円)



「水は答えを知っている」を読みました。水の結晶の写真はとても綺麗です。こんなに変化をするのかと驚きました。環境問題や哲学的・宗教的な話まで幅広く、教えられること、ためになる事もとても多いです。

ただ・・・結晶の撮影風景、数字、詳しい科学的な説明が乏しく、つっこみたい部分も多数あり、私はガリレオが地球が回っている言っても信じられなかった側の人間かも?

お話としてはとても面白かったです。

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Last Modified : 2019-08-08